2008年09月28日

電撃合流!新井がいれば“大丈V”

「阪神4-6巨人」(27日、甲子園)
 TG決戦に敗れて再び同率首位となった。だが猛虎の頼れる男が帰ってきた。第5腰椎の疲労骨折で戦線離脱していた阪神・新井貴浩内野手(31)が1軍復帰。4点を追う六回一死満塁から代打で右前適時打を放った。守備にも就き、全力疾走も見せた。厳しい戦いは続くが、Vの光が見えた。
  ◇  ◇
 突如、帰ってきた男にスタンドは度肝を抜かれた。敗戦の中、待ちこがれた一打にマンモスは酔いしれた。7月27日以来の甲子園。61日ぶりの公式戦で、83日ぶりのタイムリー。新井劇場はすべてがサプライズだった。
 一塁へ走りながら、無意識でガッツポーズをつくった。4点ビハインドの六回一死満塁。岡田監督は、迷いなく背番号25を指名した。悲鳴と歓声の入り交じる中、新井が復帰初打席で、越智の150キロを右前へ運んだ。「何とかランナーをかえせればと思って、打席へ向かいました」。
 前夜、トレーナーから新井の検査報告を受けた岡田監督は決断した。
 まだ屋外打撃も始めていない。練習で打つ球速は100キロに満たない。それでも、指揮官は新井を、必要とした。この日、試合開始1時間前の午後5時を待って、新井の出場選手登録が公示された。朝9時から鳴尾浜で練習を行い、昼2時に引き揚げた新井が、夕方5時すぎに甲子園のベンチに姿を見せると、報道陣ら関係者は一様に目を丸くした。「決まってたことよ」。巨人ベンチをも驚かせた指揮官は、してやったりの表情で新井を迎え入れた。
 新井にとって復帰までの道のりはとてつもなく長かった。8月24日に北京五輪から帰国した新井は翌25日、トレーナーの指令で、痛めていた腰のCT検査を受け、第5腰椎(ようつい)の疲労骨折が判明。医師から五輪でのプレーをとがめられるほどの重傷だった。
 優勝争いで苦戦するチームに貢献できない自身にいら立ち、フラストレーションは、すぐにピークに達した。ナイターの時間になると必ず自宅の居間でテレビの前に座ったが、敗戦濃厚の展開には、胸が痛み電源を切った。肝心なときに戦場に立てないもどかしさに「オレは何をしてるんだ…」と、何度も心が折れそうになった。
 家族に大声を出して、八つ当たりしたこともある。夕食時には大好きなビールを我慢し、ウーロン茶でのどを潤す日々。幼稚園に通う長男を出迎えに行くと、周囲の父兄、保護者から「いつから試合に出られるんですか?」と声を掛けられ、苦笑いを浮かべるしかなかった。
 「歓声は聞こえてましたし、すごくうれしかった。(腰は)大丈夫。こんなに早く復帰できるとは思わなかった。石原さん、杉田さん、伊藤雅さん(らトレーナー陣)、ボールを投げてくれた加藤(2軍育成コーチ)さんはじめ、スタッフの皆さんには、本当に感謝しています」
 巨人には並ばれたが、ベンチの空気は変わった。チームメートもファンも、待ちに待った新井が、優勝戦線に間に合った。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080928-00000023-dal-base
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巨人に負けても新井選手が復帰となれば残り試合は、盛り上がりそうですね。これでやすやすと巨人に優勝を譲るわけにはいかなくなりましたね。


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posted by oosaka2008 at 15:00| 阪神タイガース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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